
第5回目は『クマが街に降りてくる理由と、考えるべき自然との調和について』です。
毎週のように山へ足を運ぶ私が、最近よくかけていただく言葉があります。
「クマは大丈夫?」「襲われないように気をつけてね」 周囲の皆様の優しいお心遣いには、いつも本当に感謝しています。
テレビやSNSを開けば、クマの出没や被害のニュースが連日報じられています。「山に行くのは危険だ」と感じる方が増えるのは、ごく自然なことだと思います。
ですが、普段はITインフラを支える仕事をしつつ、ボランティア等の目的で山に入ることもある私の目には、ニュースの枠組みとは少し違った、もう一つの大切な景色が見えています。
今回は、少しだけ立ち止まって「私たちの毎日の暮らしと自然のつながり」について考えてみたいと思います☕️✨
📊 データから見えてくる「見えない危機」
まずは、少しだけ客観的なデータをご紹介させてください。農林水産省が毎年発表している「野生鳥獣による農作物被害状況」です。
【野生動物による農作物被害額 (令和6年度)】
🦌 シカ: 約78億円 (R5 約69億円) ↑8.9億円増
🐗 イノシシ: 約44億円 (R5 約36億円) ↑8.2億円増
🦅 カラス: 約13億円 (R5 約13億円) ↑0.2億円増
🐒 サル: 約7億円 (R5 約7億円) ↑0.6億円増
🐻 クマ: 約5億円 (R5 約7億円) ↓2.1億円減
総額 約187億円 (R5 約163億円) ↑23.9億円増出典:農林水産省 農作物被害状況より
実は、被害額や「森の生態系を壊す」という点で最も深刻な影響を及ぼしているのは、ダントツでシカやイノシシなのです。
シカが増えすぎて森の草木を食べ尽くしてしまうと、山の表面の土が剥き出しになります。
すると、森は雨水を蓄える力を失い、大雨のたびに土砂崩れを起こすリスクが高まってしまいます。
テレビでシカの食害がトップニュースになることはまずありませんが、私たちの見えないところで、日本の森は静かに大きな危機に直面しています。
💡 余談ですが…(身近な山の変化)
近年、ハイキングなどで「ヤマビル」の被害が増えていると感じる方はいないでしょうか。
実は、このヤマビルの生息域が急速に拡大しているのも、運び屋となっているシカやイノシシが増加し、行動範囲を広げていることが大きな原因と言われています(ヤマビル研究会や兵庫県森林動物研究センターの調査等でも報告されています)。
クマの問題だけでなく、こうした身近な足元の変化も、森のバランスが崩れているサインなのです。
🐺 メディアが報じない「負の連鎖」とクマの真実
連日、メディアは「凶暴なクマが街を襲う」といったセンセーショナルな映像を流し続けています。
確かに視聴者の関心を惹きつけるには効果的かもしれませんが、こうした面白おかしく恐怖を煽るだけの報道は、「山に入るな」「クマは一頭残らず絶滅させろ」といった極端な意見ばかりを生み出してしまいます。
しかし、なぜクマは人間の生活圏にまでやってくるのでしょうか。
かつて日本には、ニホンオオカミという頂点捕食者がいました。
人間が彼らを「害獣」として絶滅させた結果、天敵を失ったシカやイノシシが異常繁殖したとも言われています。
増えすぎたシカが森の下草や若芽を食べ尽くすことで、森の生態系が貧弱になり、結果としてクマが食べる木の実などの食料も減ってしまったということも十分に考えられます。
昨今、大雨や猛暑によるドングリの大不作に加え、生態系のバランスが崩れた森では生きていけず、必死に餌を探して街へ降りてくる。
そこに、人間が捨てたゴミや食材の匂いがあり、「ここに行けば食べ物がある」と誤って学習してしまうのです。
さらに、かつて人間と自然を隔てていた「里山」という防壁も、過疎化や林業の衰退によって消滅しつつあります。
メディアの歪んだレンズ越しに見える「人間を狙う凶暴な捕食者」という姿は、実は人間社会の都合と、崩れてしまった自然のバランスが生み出した悲しい副産物でもあるのではないでしょうか。
因みに環境省ではクマに関する各種情報・取組を情報提供しています。
【クマ類の出没件数 (全国合計)】
・令和3年(2021年): 12,743件
・令和4年(2022年): 11,135件
・令和5年(2023年): 24,348件
・令和6年(2024年): 20,513件
・令和7年(2025年): 50,776件
近年、数字が急激に跳ね上がっています。
もちろん実際の出没が増えているのも事実ですが、ニュース等で大きく取り上げられたことで幅広い年代の方が関心を持つようになり、結果として発見・通報の「報告数」が急増したという側面もあると言われています。
実際には、イノシシやカモシカをクマと見間違えて通報してしまうケースも多発しているようです。
出典:環境省 クマに関する各種情報・取組より
💰 山間部の「治山・治水」には、どのくらいの予算が投じられている?
ここで、皆様に一つ質問です。
国や自治体が、山間部の治山工事(土砂災害対策や森の保全)に、毎年どのくらいの予算を投じていると思いますか?
例えば、林野庁が計上している国全体の「治山事業費」だけでも、年間で約620億円(令和7年度予算)という巨額の予算が組まれています。
これに、東京都水道局など各自治体が独自に行っている水源林の保全・管理予算を合わせると、さらに膨大な金額になります。
なぜ、これほどまでに多額の税金を「山」に投じる必要があるのでしょうか?
答えは、「山が巨大な『緑のダム』だから」です🌳
木々がしっかりと根を張り、ふかふかの土が雨水をたっぷり蓄え、長い時間をかけてろ過することで、川へと綺麗な水が流れ出します。
もし、人間が山から完全に手を引き、シカに草を食べ尽くされた山が荒れ果てたらどうなるでしょう。
土砂が川やダムに流れ込んで浄水施設がパンクし、私たちの飲み水は確保できなくなってしまいます。
私が以前、大井川の源流へ行き、滾々と湧き出る『水がめを守る』事がどんなに大切なことか…
その中の一つである「防鹿柵 (シカよけのネット) を張る」という地道な活動も、実は巡り巡って「皆さんの家の蛇口から、今日も安全で綺麗な水が出るようにする」ための大切なインフラ整備なのです。
🔄 排除するのではなく、どう「調和」していくか
コロナ禍の厳しい時期、物流を支えてくださる運送業の方々や、医療従事者の皆様のおかげで私たちの生活は守られていました。
日常が戻るとつい忘れてしまいがちですが、私たちの社会は、見えないところで汗を流す「裏方さん」たちの支え合いで成り立っています。
自然と人間の関係も、全く同じです。「山は危険だから近づかない」「危険な動物は絶滅させればいい」。
そうやって極論で切り捨てるのは簡単かもしれません。しかし、かつてオオカミを絶滅させた結果が、現在の深刻なシカの食害や森の危機を引き起こしているという歴史を、私たちは忘れてはいけません。
ITのシステムならば「0か1か」で制御できるかもしれませんが、自然界は違います。
一つの種を排除すれば、必ず別のどこかで生態系のバランスが崩壊します。
私たちが生きていくために必要な水も空気も、すべてその複雑な自然の循環の中からいただいているのです。
本当に必要なのは、恐怖に煽られて排除することではなく、「どうすれば再び自然と調和し、共生していけるか」を一人ひとりが考えることではないでしょうか。
システムやインフラは、「何事もなく、当たり前に動いていること」こそが最高の状態です。
山を歩き、自然の恩恵を肌で感じる一人として、私はこれからも森の小さな変化に目を向け、手を動かし続けたいと思っています。
皆様もぜひ、ご自宅の蛇口から流れる澄んだ水を見つめながら、その源流にある深い森のこと、そしてそこに関わる命の繋がりに、少しだけ思いを馳せてみていただければ嬉しいです😌✨
